こんにちは、じんじろーです。
ブログを始めたので、どうせなら自己紹介をしてみたいと思います。
せっかくなので過去の出来事を振り返りながら、なぜ私が今の価値観を持つようになったかを紹介していきます。
ちょっと自己分析風に。ちょっとストーリーっぽく。
プロフィール
仮名:じんじろー
年齢:30代半ば
仕事:人事
家族:妻と息子
出身:東海地方
趣味:車・ゲーム・ネットサーフィン
主義:人生は常に楽しむ
幼少期〜高校時代
祖父母と共にのびのびと育った田舎少年
実家は田んぼの多い田舎にあり、幼少時代はのびのびと育ちました。
おじいちゃんとおばあちゃんっ子で、子供の頃から本当に可愛がってもらった記憶があります。
怖い兄の影響で、空気を読みがちな性格に
兄が1人いたのですが、どちらかというと怖い系ジャンル?でしたので、怒らせないように気をつけていました。
この頃から、自己主張が激しいというより他人の様子を見る、気持ちを読み取ろうとする性格になったのかもしれません。
中学・高校は野球一筋
学生時代は、一言でいうと「野球一筋」。
中学時代はボーイズリーグでプレーし、内野手のレギュラーとしてそこそこ活躍してました。
猛練習の末レギュラーを掴みかけるも、ケガに泣く
高校では、最高成績が甲子園ベスト4というそこそこの強豪高校に入部!
でも、2年生までは試合に出たり出なかったり。。レギュラー争いは熾烈でした。
そんな中、3年こそはレギュラーを!と、冬にめちゃくちゃ猛練習しました。
その結果。。打球が飛ぶ飛ぶ。
冬の練習を乗り越えてもりもりパワーがつき、春季大会ではレギュラー番号をもらえました。そして、春季大会で二打席連続ホームラン!
「これは、俺の時代が来た!」
本気でそう思っていました。
しかし。。うっすら抱えていた腰の痛みが悪化し、間もなくして椎間板ヘルニアを発症。
痛くて眠れもしない日々。。
当然試合どころではない。。
掴みかけたと思ったレギュラーは、一瞬にして遠のきました。
メンタルの弱さを痛感した、ベンチ外での最後の夏
そうして迎えた最後の夏、私はベンチにも入れませんでした。
高校野球だと、ベンチ入りできなかった3年生がマネージャーとなってチームを支える…。
という美しい話も聞きますが、私はそれが全くできませんでした。笑
「なんでこのタイミングでヘルニア。。」
「せっかく調子良かったのに。。」
「キツい冬練を乗り越えたのに。。」
「試合出れないならいても意味ないし。。」
「そもそも痛くて何もできない。。」
そうです。メンタルが弱かったんです。
ものすごくマイナスになっていました。
要はイジけていたんですね。笑
チームの応援もサポートもせずに、室内練習場にこもってゴロゴロしていました。
結局、最後の夏も甲子園には行けず、チームも自分も不完全燃焼のまま引退しました。
チームメイト曰く、当時の私には声をかけられなかったそうです。マイナスオーラ出すぎて。笑
幼少期〜高校生くらいまでに、今の自分の基礎ができている
振り返ってみると、幼少期〜高校時代くらいまでの体験や行動が、自分の性格を形成した基礎であるように思います。
特に「苦しい時」や「切羽詰まった時」に取った行動パターンは、大人になっても根付いていることはありませんか?
(よかったらみなさんも振り返ってみてください。良い自己分析になりますよ。)
私の場合、部活でケガをした時のイジけた態度やマイナス思考が、後々のニート生活にも影響したと思います。
この自分の性格を変えるのは、なかなか大変ですね。笑
大学時代
高校を卒業した私は、そこそこの大学に通うこととなりました。
大学生活は、友達にも恵まれて本当に充実していた気がします。
よく大学の友達は疎遠になりがちという話も聞きますが、私は濃密な関係を続けています。
自分を変えるために始めた特殊なアルバイト
そんな充実した大学生活の中で、良くも悪くも後の人生に大きく影響を与えた出来事がありました。
それは、少し特殊な飲食店でのアルバイトです。
何が特殊かというと、2つあります。
①将来飲食で独立したい人が、そのノウハウを学びに来るようなお店
②どんな時でもプラス思考でいるという風土
・マイナスな出来事があった時、最低1つはプラスのことを見つける
・マイナス発言をしたら罰金100円
(この2つは強制でした。笑)
私は、高校時代の経験からマイナス思考の自分が嫌でした。だから②に魅力を感じて、アルバイトを通して自分を変えようとしたのです。(ちなみに、飲食店に全く興味はありません)
あえて、自分で自分を崖の下に突き落とす。
ドMなのかもしれませんね。笑
激務だろうと、働く目的があれば仕事は楽しいのか?
いざアルバイトを始めてみると、それはまあスパルタで厳しかったです。
求められるハードルが高く、怒鳴られることはしょっちゅう。
(一応、自分アルバイトなんだけどなーと思いながら。。笑)
でも、そこで働く正社員の方がもっと厳しそうでした。
朝から晩まで働いて、お店で寝泊まりしている人も多かったです。
(昔は普通でしたが、今ならブラック企業として叩かれそうですね。笑)
そんな激務なのに、なぜか皆さん本当に楽しそうでした。
理由はおそらく、「独立」という働く目的があることと、②のプラス思考の癖がついていたからだと思います。
自分の働く目的なんて見つけられない就職活動
就職活動が始まった私は、このアルバイトに影響を受けて「自分の働く目的」を考えながら企業を探しました。
しかし。。
どんな働き方がしたいか
全く
わからない!!
企業研究も自己分析も今ほどノウハウはなかったので、仕事の探し方もわかりません。当然、自分が働く目的なんて見えませんでした。
一応、何となく受けた企業に内定はもらえました。
そして内定者の顔合わせに行ったのですが、出てきた先方の正社員に私は魅力を感じませんでした。(失礼。笑)
感覚的な表現ですが、覇気がないというか、楽しそうに見えなかったのです。
「これだったら、まだバイト先の社員さんの方が素敵」と、そう感じました。
やりたい訳でもないのに、人と雰囲気だけで激務の正社員を選んでしまう
そこで、なんと私は内定を辞退し、アルバイト先の飲食店の正社員になるという判断をしたのです。
理由は、上記で伝えたプラス思考の風土に好影響を受けたためです。
ここでアルバイトを始めてから、自分が少し前向きになった気がしていました。
正社員になれば、もっと常に前向きになれるんじゃないか、もっと強くなるんじゃないか、そんな期待もしました。
しかし、ここで重要なポイントを見逃していたのです。
自分は「飲食業界に対して働く目的が皆無だった」ということを。
好きじゃない、目的もない、辛いことを乗り越えられず疲弊
内定を辞退してすぐ、アルバイト先の代表に「正社員になりたい」と伝えました。
社員の皆さんは喜んでくれましたが、それと同時に更に厳しい指導が始まりました。
営業中はもちろん、閉店後も調理や接客の勉強です。(タイムカード切ってるのに。。)
正直料理とかそこまで好きじゃないし得意でもないし。かといって独立したいといったような目的もないし。激務だし。
だんだんと自分がなぜこのアルバイトをしているのかわからなくなり、心身共に疲弊してきたのです。
魅力だったはずのプラス思考や雰囲気も、自分の本質であるマイナス思考に打ち負けてしまい、全く効果が出ませんでした。
大学卒業と同時にニート生活
激務による心身の疲弊とストレスをなんとかごまかしながら、卒業式は出席しました。
しかし、卒業式の数日後にアルバイト先で体調を崩し、そのまま復帰できなくなりました。
今で言う「鬱病」のようなものでしょうか。
私は、新卒1年目の4月をニートとして迎えることになってしまったのです。
「どんな働き方がしたいかが全くわからない」のに、真剣に向き合わなかった就職活動。
流され続けた自分こそが、この結果の全てであると思います。